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東京高等裁判所 平成10年(ネ)4183号 判決

東京都目黒区碑文谷三丁目一八番九号

控訴人

泰榮商工株式会社

右代表者代表取締役

小口隆文

右訴訟代理人弁護士

緒方道夫

茨城県鹿嶋市大字大船津二三四二番地

被控訴人

株式会社環境設計

右代表者代表取締役

濵田弘

右訴訟代理人弁護士

藤沢抱一

川口均

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。

2  右敗訴部分に係る被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  事案の概要

事案の概要は、次のとおり当審における当事者の主張を付加するほかは、原判決の事実及び理由「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。

一  当審における控訴人の主張

1(一)  発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作で高度なものをいうところ、本件発明の前提となっている自然法則は、〈1〉接触濾材が水に浮く、〈2〉気泡によって接触濾材が回転する、〈3〉上向きの開口部の凹部に汚泥が溜まりやすい、〈4〉反転すると上の汚泥が落下するという点にあり、これらはすべて、椀状の開口部が上下を向いて縦に水中に立つことを前提としている。

ところが、本件発明に係る接触濾材の形状、材質では、水中では横向きになるから、本件発明の前提となっている「本件発明に係る接触濾材は縦に水中に立つ」との自然法則は虚偽であるし、本件発明に係る接触濾材が気泡によって回転することもない。

したがって、本件特許は無効であるし、これを実施することも技術的に不可能であるから、本件契約は原始的に不能であり、控訴人は実施料支払義務を負わない。

(二)  原判決は、吉田西小学校の給食排水システムの浄化槽の水一リットル中のBODが一ミリグラム以下であったことを理由として、本件発明が技術的に実施不能であったということはできない旨判示した。しかし、吉田西小学校の給食排水システムは、汚水が本件発明に係る接触濾材に接触する以前に、すでに回分処理槽等によってBODが通常の半分以下となっているのであって、汚水の流入量等の条件と相まって、吉田西小学校の浄化槽の水一リットル中のBODが一ミリグラム以下であったことは当然であり、このような結果は、どのような濾材によっても可能なことなのである。

更にいうならば、吉田西小学校の浄化槽においても、本件発明に係る接触濾材は、上向きの開口部で汚泥を付着させ、気泡によって接触濾材を回転させ、汚泥を落下するという機能を果たしていない。

(三)  また、本件発明に係る特許公報に記載され、また、被控訴人が主張している本件発明に係る接触濾材を用いた汚水の浄化結果も信用することができない。なぜならば、右公報第3表には、一九八九年二月二二日からのデータが記載されているが、被控訴人は、控訴人担当者と初めて会った際には右濾材のサンプル品も持っておらず、単に濾材のスケッチ絵を持っていたにすぎない。実験には多量の濾材が必要となるところ、控訴人が右濾材の金型を製作したのは一九九〇年四月であるから、それ以前に控訴人がこのような実験をすることは不可能である。

(四)  本件発明に係る接触濾材を用いた浄化槽が型式認定を受けている事実も、本件特許の有効性の根拠とはならない。型式認定に当たっては、浄化能力を中心に審査されるのであって、仮に他の濾材と同様な浄化能力があったとしても、本件発明に係る接触濾材が被控訴人が主張するような回転をしない以上、特許が無効であることに変わりはない。

2  原判決は、愛知県小牧市の宮田邸に設置した五人槽の価格と、群馬県玉村町の天田邸に設置した一〇人槽の価格から、七人槽の価格を算定した。しかし、これらは、今後の生産のための試作品であり、量産のための体制・ラインができていない状態で販売されたものであって、当然、価格は特注品として、量産品の二倍以上となっている。右二物件から逆算した工場出荷価格は一八万七五〇〇円が相当である。

原判決の計算式(650,000+(900,000-650,000)×2/5=750,000)は、「ダブルベッドの部屋はシングルベッドの部屋よりベッドの数が二倍だから宿泊料金は二倍である」と同様な計算式であって、浄化槽のみならず、他の商品の価格決定基準にその他の要素を考慮しない短絡的な判断である。

二  被控訴人の主張

1(一)  控訴人は、吉田西小学校の給食排水システムは、汚水が本件発明に係る接触濾材に接触する以前に、すでに回分処理槽等によってBODが通常の半分以下となっていると主張する。しかし、学校給食などの厨房排水濃度は、家庭排水の二ないし三倍が普通であり、本件発明に係る接触濾材を使用した結果を待たなければ、BODを基準以下に下げるのは困難という設計時の検討結果を控訴人が納得して採用したシステムである。

控訴人は、控訴人が製造販売し、設置されている岩手県八幡平、小牧市の宮田邸、玉村町の天田邸などの装置で原審にも証拠採用されていて、順調に稼働している例を故意に除外している。

(二)  本件発明に係る接触濾材を利用して浄化機能を期待する場合の濾材の優劣は、例えば、〈1〉ばっき機構はどのようなものが適切か、〈2〉ばっき強度をどうするか、〈3〉目詰まり(汚泥閉塞)を防ぐにはどのようにしたらよいか、〈4〉そのための一つとして逆洗をどのような構造にするか、〈5〉逆洗の期間をどの程度にしたらよいか、〈6〉その時間はどの程度が適切かなどなど、複雑多岐にわたる複合技術によって決まるのである。したがって、控訴人が本件発明に係る接触濾材が実施不能であることを確認したと主張する浄化槽が、どのような構造で、どのような管理のもとにおかれていた装置なのかを等閑にして論じてみても無意味である。ところが、控訴人が主張する浄化槽は、被控訴人のあずかり知らぬ装置であることは、原審で明らかにされたとおりである。

(三)  本件発明に係る接触濾材を用いた浄化槽は、平成一〇年四月二三日に建設大臣から型式の認定を受け、平成一〇年七月一日に全国合併処理浄化槽普及促進市町村協議会会長から合併処理浄化槽設置整備事業における国庫補助指針に適合する浄化槽として登録された。以上の事実は、本件発明に係る接触濾材が十分な性能を有することを証明するものである。

2  控訴人は、本件発明に係る接触濾材を使用した浄化槽の価格を市場競合品の価格と比較しているが、控訴人が右浄化槽のコンセプトとして掲げたのは、他社とは違った「飲めるような水の出る・・・」浄化槽であるから、市場競合品と比較するのは意味がない。

天田邸、宮田邸の浄化槽価格は製造原価であった可能性があり、生産が軌道に乗ったときの工場出荷価格はもっと高くなったものと思われる。

第三  当裁判所の判断

当裁判所も、被控訴人の本訴請求は、原判決が認容した限度で理由があり、その余は理由がないと判断するところ、その理由は、次のとおり当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の事実及び理由「第三 当裁判所の判断」と同じであるから、これを引用する。

(当審における控訴人の主張に対する判断)

一1  控訴人は、本件発明の前堤となっている「本件発明に係る接触濾材は縦に水中に立つ」との自然法則は虚偽であるから、本件特許は無効であるし、これを実施することも技術的に不可能であると主張するところ、乙第一七号証には、本件発明に係る接触濾材の構成では、単独で水中に入れると横向きになって、その先端がわずかに表出する状態となり、また、濾材が縦向きとなるように重錘を用いるなどすると、これを一回転させることは困難であるばかりでなく、材質の比重が〇.九八前後というものなので、浮力が失われて沈下してしまう旨の記載があるので、検討する。

同証によれば、右記載は、本件発明に係る接触濾材について、〈1〉その縦横の寸法比が、本件発明に係る特許公報の第1-C図の寸法比と同一であり、かつ、〈2〉材質として例示されているポリエチレン、ポリプロピレン等のプラスチックの比重が〇.九八前後であることを前堤として浮性及び重心を検討するものである。しかし、特許公報の図面は、一般には概略図であって、そこに図示された部材の寸法比等が正確なものとはいえないものであるところ、右第1-C図の寸法比が正確なものであることについても、本件発明に係る接触濾材の寸法比が右第1-C図の寸法比に限られることについても、これを認めるに足りる証拠はない。また、甲第二〇号証によれば、本件発明に係る特許公報には、「本発明の接触濾材の材質は、汚泥が付着しても沈まないで汚水中に浮く材質、例えばポリエチレン、ポリプロピレン等のプラスチック」との記載があることが認められ、右記載に徴すれば、本件発明に係る接触濾材の比重が〇.九八前後のものに限られるものと解することはできない。したがって、右記載は、本件発明に係る接触濾材が右特許公報に限定的に記載されていない特定の構成に限定されることを前提とするものであるから、採用することができない。

乙第二三号証には、接触濾材が単独で水中に入れた場合、横向きになる状態が被写体として撮影されているが、本件発明に係る接触濾材が同証の寸法及び比重のものに限られると認めるに足りる証拠はないから、やはり前提を欠くものであって、採用することができない。

また、甲第二〇号証、乙第一三号証及び原審証人木村誠一郎の証言によれば、乙第一七、第二三号証において前提とされている接触濾材であっても、普通単体で使用することはないこと及びかなりの数量を使用した場合には、突き合うことにより水中において縦方向に立つものも相当数あることが認められる。したがって、本件発明に係る接触濾材が、単独で水中に入れた場合に横向きになるとしても、そのことから直ちに本件発明に係る接触濾材は縦に水中に立つとの自然法則が虚偽であるということはできない。したがって、乙第一七、第二三号証は、この点でも採用することができないし、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

2  また、控訴人は、本件発明に係る接触濾材が気泡によって回転するという自然法則が虚偽であることを理由として、本件発明を実施することが技術的に不可能であると主張するものとも解されるので、検討する。

乙第一八、第二三号証には、本件発明に係る接触濾材に含まれる濾材を使用した浄化槽において、逆洗(エアレーション)をしても接触濾材が気泡によって回転しない状況が撮影されている。しかし、乙第一八号証、原審証人遠藤英隆の証言及び原審被控訴人代表者本人尋問の結果によれば、浄化槽の機能は複雑な要件が絡むものであるところ、右浄化槽は被控訴人の技術指導を受けないで設置されたものであることが認められるところ、右浄化槽における逆洗の方法及び時期、時間が適切なものであることを認めるに足りる証拠はないから、乙第一八、第二三号証は採用することができない。

更に、控訴人は、吉田西小学校の浄化槽においても、本件発明に係る接触濾材は、上向きの開口部で汚泥を付着させ、気泡によって接触濾材を回転させ、汚泥を落下するという機能を果たしていないと主張する。乙第一九号証には、右浄化槽の接触濾材について、逆洗をかけても、濾材は網に押しつけられて回転しない旨の記載があるところ、乙第一九、第二三号証によっても、濾材が全く回転していないか否かは定かではなく、右記載が事実であると認めることはできないけれども、仮に右記載が事実であるとしても、それは、右浄化槽に設けられた網の形状ないしその作用により濾材が回転しないことがあるということであって、これをもって、本件発明に係る接触濾材が気泡によって回転するという自然法則が虚偽であることの証左とすることはできないし、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

かえって、甲第一五号証によれば、控訴人が本件発明に係る接触濾材を使用した浄化槽の計画を策定してから本件契約締結まで約二年近くもの期間を経ていたところ、原審被控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、その間控訴人従業員宅や控訴人の社屋内に本件発明に係る接触濾材を使用した浄化槽を設置していたことが認められ、右事実によれば、控訴人は、本件発明を実施することが技術的に不可能ではないことを確認していたものと推認されるものである。

3  控訴人は、吉田西小学校の給食排水システムは、汚水が本件発明に係る接触濾材に接触する以前に、すでに回分処理槽等によってBODが通常の半分以下となっているのであって、汚水の流入量等の条件と相まって、吉田西小学校の浄化槽の水一リットル中のBODが一ミリグラム以下であったことは当然であり、このような結果は、どのような濾材によっても可能である旨主張するけれども、乙第一九号証中これに沿う記載部分は、具体的なデータに基づかないものであって採用することができないし、他にこれを認めるに足りる証拠なない。

4  控訴人は、本件発明に係る特許公報に記載され、また、被控訴人が援用・主張している本件発明に係る接触濾材を用いた汚水の浄化結果には、一九八九年二月二二日からのデータが記載されているが、被控訴人代表者は、控訴人担当者と初めて会った際には本件発明に係る接触濾材のサンプル品も持っていなかったから、右データは信用することができない旨主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。かえって、甲第一六号証及び原審被控訴人代表者本人尋問の結果によれば、平成元年六月ころ、被控訴人代表者が控訴人の担当従業員であった吉祇と初めて会った際には、既に千葉県我孫子市等に本件発明に係る接触濾材を使用した浄化槽が設置されており、吉祇は右濾材を持ち帰った事実を認めることができるところである。

5  以上のとおりであるから、控訴人の主張は採用することができない。

二  控訴人は、愛知県小牧市の宮田邸に設置した五人槽と群馬県玉村町の天田邸に設置した一〇人槽は、試作品であり、量産のための体制・ラインができていない状態で販売されたものであって、その価格は量産品の二倍以上であり、右二物件から逆算した工場出荷価格は一八万七五〇〇円が相当である旨主張する。しかし、量産のための体制・ラインができていない場合には、製造原価が高くなるということはできても、そのことによって当然に工場出荷価格が高くなっているということはできない。すなわち、価格は需給関係の影響を大きく受けて決定されるものであって、量産のための体制・ラインができたことにより製造原価が安くなったとしても、需要がある場合には、価格は据え置かれ、生産者が大きな利益を得ることもままあるのであって、当然に価格が安くなるというものではないことは明らかである。そして、右宮田邸に設置した五人槽は一台六五万円、右天田邸に設置した一〇人槽は一台九〇万円の価格で需要があったことは、原判決事実及び理由「第三 当裁判所の判断」二6の認定のとおりである。したがって、七人槽の価格は、実際に需要があった右宮田邸及び右天田邸の浄化槽の価格をもとに認定するべきであるから、控訴人の主張は採用することができない。

また、控訴人は、原判決の計算式について、他の商品の価格決定基準にその他の要素を考慮しない短絡的な判断であると主張するが、右計算式は、五人槽と一〇人槽の価格から、その中間に位置する七人槽の価格を算出する方法として相当なものであるから、控訴人の主張は採用することができない。

第四  結論

よって、原判決は相当であって、本件控訴は、理由がないから、棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一一年三月九日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

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